アメリカの生産上の失敗 2
その間に、これに追い討ちをかけるように安全性、環境汚染からさらに燃料消費節減へと、政府規制がますます強まるなかで、GMはその場その場の対症療法に追いまくられるのみでした。
それでも同社は1973年春、すなわち石油危機発生の直前に次の2つの基本的対策を決定していました。
第一は「ワールドカー」の構想にもとつく小型車を開発することでした。
第二はキャディラックからシボレーにわたる全車種の小型化・軽量化(サイズダウン)計画を、政府規制の強化にしたがって漸進的に実施に移すことでした。
政府は毎年全車種平均燃費効率(CAFE)を提示し、1985年までに1ガロンあたりの走行距離を27・5マイルにまで高めることを各社に義務づけます。
このためにGMは、1977年型から全車種について順次サイズダウンをはじめました。
これとともにエンジンも漸次、前輪駆動(FF)に切り替えられていきました。